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イヤッなことから逃げてなんとかなってる

コソウ

 アルバイト、24歳女性、正社員経験なし。最近実家を出て自分で部屋を借りた。家賃と生活費を同居人と折半し、1人あたり7〜8万円+αの出費で暮らしている。家賃5万円。労働は週に3〜4日、1日5時間働き、毎月の手取りは8〜10万円程度。貯金は毎月1万円くらい。奨学金の残債が120万円ある。副収入や株式などの資産はない。本当にただの労働者だ。休みの日は近所を散歩したり、千円前後のおいしいものを食べに出かけたり、家でゴロゴロしたりして過ごしている。自炊ではお肉を惜しまずに使う。お肉をモリモリ食べると元気が出る。野菜は高くてちょっと買いしぶるけど、もやしと玉ねぎはいつも買う。ときどき八百屋で旬のフルーツを安く買う。おいしいものを食べることは生きがいだ。

 こういう暮らしが夢だった。都心から少し離れた土地で、のんびり静かな生活。就職しなくて正解だった。というより、就職できなかったけど紆余曲折あって楽しく暮らせるようになった。

■ 就職を諦めるまでの経緯

 大学生のときの私は、新卒カードで正社員にならないと人生詰むと信じ、1年間くらい就職活動をしていた。だけどその内容は、自己分析という名の迷走、会社説明会への参加、選考なしのワンデーインターンシップへの参加など、応募の前の前の準備運動的なものがほとんどだった。いやそれどころか、就活についてネットサーフィンをして何かやった気になっただけの無駄な時間を大量に過ごしていた。本当にやるべきこと、たとえば筆記試験の勉強や面接の練習などは全くやらなかった。

 当時の就活の軸は、①実家から通勤30分圏内、②運転免許不要、③年間休日125日以上、④転勤なし、⑤残業月20時間以内という感じだったので、そもそも当てはまる会社がなかった。行きたくもない会社の、やりたくもない仕事に応募するのに志望動機なんか書けるはずがなく、でも就職しなくちゃという義務感に苦しみながらイヤイヤ書類を作成するのだった。

 実際にエントリーしたのは5社程度で、面接を受けたのは1社だけだった――それも書類選考なしで誰でも面接してくれる会社の。結局どこにも受からなかった。

 内定ゼロのまま、大学4年の夏に就活をやめた。応募から何から全てのプロセスがイヤだった。就活のために趣味を我慢するのが最もイヤだった。そのときは絵を描くことに異常熱中しており、湧いて出る創作意欲を押さえつけなければいけないのが苦痛でたまらなかった。

 就活をやめたといっても、卒業後のプラン全くなしにやめたわけではない。当時の私は大学生という貴重な時間を新卒一括採用の儀式のために消耗するのがイヤだっただけで、いつかは就職しようと思っていたから、正社員になるまでのプロセスを工夫すればいいと考えた。そこで、在学中に正社員登用制度のある会社でバイトして、問題なかったら卒業後にその会社の正社員を目指す方針でいくことにした(結局それもやめることになるのだが)。

 新卒就活の何がイヤって、入社してみないとどこに配属されてどんな上司がいてどんな仕事をやらされるか全く分からないということだ。特に新卒で入る会社なんて簡単に辞められなさそうなのに、もしめちゃくちゃきつい仕事をやらされたらどうするんだろう。それに勤務地が複数ある会社の場合、大概は会社の都合で勤務先を決められてしまって自分では選べない。働く場所、ひいては住む場所すら自分で決定できないなんて、どんだけ仕事に人生を奪われなきゃいけないんだ。

 それに比べてバイトなら、お試しで働いてみて仕事や人間関係が合わなかったら割と簡単にやめられるし、勤務地も自分で選べることがほとんどだ。労働時間の融通が利くことも多い。私はいきなりフルタイムで働く自信など皆無だったので、まずは週4日の短時間で働いてみて、慣れてきたら徐々に労働時間を増やせばいいと考えた。そうと決めたら求人サイトを毎日隅々までチェックし、実家近くにいい感じの求人を見つけて応募した。オフィスワークで時給1300円。面接に進み、正社員登用を目指して働くという熱意を伝えたところ、運良く採用された。働いてみると人間関係が割と良く、福利厚生もしっかりしているのでここで頑張ろうという気持ちになった。卒業が近づいてくると本当にこれで良かったんだろうかと不安が頭をちらついてきたが、もう今更どうしようもなく、面接なんて二度と受けたくなかったのでこれが私にとってベストな選択なんだと言い聞かせて平静を装った。

 大学卒業後、フルタイムに移行する前の慣れとして週4日の7時間労働を始めてみたけど、それすらきつすぎて心が限界を迎えそうだった。ゴールデンウィークを挟んでなんとか2か月耐えたのち、シフトを週4日の5時間に減らした。そのあとも何度か7時間労働にチャレンジするも、やっぱりきついので5時間労働に戻すのだった。月曜~金曜の週5日出勤もやってみたけど、毎日働いていると体が労働マシンのようになってきて頭がおかしくなりそうだったのでやめた。そういうことを繰り返しているうちに、正社員なんて無理だから目指すのはやめようという意思が固まっていった。

■ 絶対に週5も働かない

 周りの同級生たちに「働きたくない」と言うと全員が激しく同意してくれたのに、なんだかんだみんなしっかり内定を取って就職していた。公務員になった先輩も、仕事しんどすぎると言いながらちゃんと働いていたし、フリーター仲間だった同級生も、正社員になり「週5働くのはマジで慣れだよ慣れ!」と上から言うようになっていた。

 みんなの働きたくなさなんて結局その程度なんだ! 私は絶対に週5日も働かない。キャリアより精神的健康の方が大事だ。命とメンタルを削ってまで人並みの収入や社会的地位を得ることなどない。

 友達の仕事の愚痴話を聞いていて、内心私はそんな大変な仕事できないなぁと思っている。定時ピッタリに上がれて、責任がなくて、いつでも休もうと思えば休めるバイト身分の私には、正社員のつらさに心から共感することができない。だけど私が働かないで遊んでいる間にみんなはどんどん社会人スキルを上げていき、自分だけ成長が止まって取り残されていくような不安も感じる。

 正社員として働く理由を友達に訊いてみると、大体はお金や安定性のためだった。ある友達は自分の稼いだお金で美容やファッションを満喫したいと言って、とても競争の激しい人気企業で働いている。またある友達は、実家に帰りたくなくて一人暮らしを続けるために夜中まで頑張って働いている。別の友達は、社会の歯車になることが割と好きで、正社員でいることが多少の安心を生むから仕事がそこまで苦ではなく、むしろ楽しいという。

 私は週5日8時間も働いてまで得たいと思うものがない。お金のかかる趣味や美容は諦めているし、一人暮らしをしたいとは全く思わない。どんな労働であれ、労働である限りとにかく苦痛でしかない。バイトだってつらいと感じるのに、正社員ならなおさらつらいに決まっている。体調が悪くても仕事を優先しなくちゃいけなかったり、理不尽な顧客に平謝りしなくちゃいけなかったりするだろう。毎日精神を労働に捧げて健やかでいられるはずがない。

 もし病気とか怪我で働けなくなったら、生活保護を受けようと思っている。これはだいぶニート界隈に染まってきた考えかもしれない。世間一般の人は生活保護を受けるのはイヤだから一生懸命働いて貯金して、将来に備え、きつい仕事でも耐えているのだろう。私はそんなに頑張れない。プライドよりも今現在の健康的な心と生活を優先したい。何かあったらそのとき考えればいいと思う。

 まあ、これは全てポジショントークだ。たまたま今いい感じの生活を送ることができているから楽観的になっているだけで、今後状況が変われば手のひらを返すだろう。上手くいかないときは過去を恨み、上手くいったときは宇宙に感謝する、そんな人間の「気分」の言葉に何の意味があるのだろう。

 今でこそ正社員なんてやるもんかと思っているけど、少し前までは人並みに働けないのは恥ずかしいという考えにとらわれていた。友達や知り合いにフリーターはいないし、バイト先に新卒で入社してくる同い年の社員に劣等感を覚えていた。私はまっとうな人ではないんだ。イヤなことから逃げ続けたからこんなことになっちゃったんだ。そこからニート界隈の存在を知り、働かないことに正当性があると思うようになり、だんだん自分の選択が間違っていないと信じるようになった。社会のレールを外れる者には相応の思想が必要なんだと思う。

 このまま逃げ切って死ぬまで楽しく生きたい。FIREとかしたかったけど、元手の資金を稼ぐための労働に耐えられないから、できなさそう。最低限だけ働いて他者と支え合って生活するのが現実的なのかもしれない。明日は何を食べようか、週末はどこか出かけようか、そういうことだけを考えて生活していたい。それと奨学金踏み倒したい。