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ニートへの賛歌

ホモ・ネーモ

 まったく。こんなふざけた雑誌を読むなんて、君はどうかしている。『ニートマガジン』だぜ? インテリぶったニートが寄ってたかって屁理屈をこねくり回す雑誌だぜ? きっと男だらけの部室の奥にある、カピカピのティッシュで満杯になったゴミ箱のような臭いがするだろうね。

 それでも、悪臭に耐えながら君はこの雑誌を手に取った。なら、さっさと認めた方がいい。君は屁理屈が読みたくて仕方ないんだろう? 屁理屈が大好きなんだろう? 働きたくない理由とか、君が正しい理由とか、そんな屁理屈が聞きたいんだろう?

 そんな君にとっておきの屁理屈があるんだ。実を言うと、君のようなニートをヒーローだとか、正義のレジスタンスだとか褒め称える屁理屈なんだ。きっと読んで損はないはずだよ。

 わかってる。そんなのくだらないって、君は言うかもしれない。僕だって「屁理屈だ」と笑われるのは慣れっこなんだ。むしろ、笑われるくらいの方が、ちょうどいい。ともかく、ちょっと読んでくれないか。

 いいかい? 労働ってのはクソなんだ。君も労働がクソだってことには同意するだろう? 君にとってクソなだけではなく、僕にとってもクソだし、みんなにとってクソなんだ。でも、仕方ないと君は思っている。やってる側からすればクソだけれど、蛇口をひねれば水が出てきて、パソコンの電源を入れればネットゲームができるのは、労働のおかげだと君は思っている。だから、仮に君が労働しなくて済むとしても、誰かが労働しなければならないと君は思っている。

 ある意味で、それは間違っていない。でもね、労働なんかなくたって、蛇口から水が出てきて、ネットゲームができる社会は可能なんじゃないかと、僕は思っているんだ。

 おいおい、まだ話は始まったばかりさ。最後まで付き合ってくれよな。まず、そもそも労働ってのはなんなのか? 教えてやろう。つまらない、クソみたいな行為はぜんぶ労働さ。逆に言おう。楽しいことなら労働じゃない。

 じゃあ、どんな行為がつまらない、クソみたいな行為なんだ? それを理解するためには、人が労働についてどんな愚痴をこぼすか考えてみて欲しい。別になんの職業でもいいんだけれど、そうだな、仮に天ぷら屋の店員だとしよう。彼はどんな愚痴をこぼすだろうね。

 「あの客がクソだ」とか、「なんで報告書なんて作らなきゃならないんだ?」とか、「なんでこんな無茶な売上ノルマがあるんだ?」とか、「労働時間長過ぎ」とか、そんなところじゃないのかい?

 じゃあ、こんな愚痴を言う事態を想像できるかい? 「なんでテーブルを拭かなければならないんだ?」とか「天ぷらを揚げるの難しすぎる」とか、そういった愚痴だ。

 もしかすると多少、愚痴ることはあるかもしれない。でも、それが原因で「労働はクソだ」と感じるようなことはないはずだ。上司のパワハラに悩んで自殺する人はいても、天ぷらが上手く揚げられないという理由で自殺する人はいないのだからね。

 なら、「労働がクソ」と感じる理由は、テーブルを拭いたり、天ぷらを揚げたりする作業そのものにあるわけではないことがわかっただろう? それもそのはずだ。掃除好きの人は意外と多いし、料理好きの人も多い。人間は天ぷらを揚げる行為を本能的に嫌悪するわけじゃない。

 じゃあ労働がクソな理由はなんなのか? やりたくもないことを命令されても、それに逆らえないからだ。意味のない報告書作りを命じられても無視していいなら? ムカつく上司に暴言を吐いて店から帰っていいなら? 1日に9時間も10時間もお店に縛り付けられなくていいなら? 労働はクソではなくなる。もっと言うと、労働は労働ではなくなる。それはもう家庭菜園や日曜大工のようなレベルの趣味で、余暇なんだ。

 でも、みんなが遊び半分で天ぷらを揚げたり、気が向いたときだけ水道工事をしているようじゃ、みんなが必要とする労働が提供されなくて、社会のインフラは次々に蝕まれていき、いつか僕たちは洞窟で暮らすような生活を強いられる。君はそう言うかもしれない。

 果たしてそうかな? 僕には疑問だね。世の中には無意味な仕事が無数にあると、君だって知っているはずだ。ムカつく上司にネチネチと説教される時間のおかげで蛇口から水が出ているだなんて信じているわけではないだろう。あの時間は無駄以外の何物でもない。君の直感の通りにね。

 それだけじゃない。誰も読まない報告書を書いたり、ショッピングモールでウォーターサーバーを売りつけたり、新聞の勧誘をしたり、クレジットカードの営業電話を1日中かけ続けたり。最近はブルシット・ジョブという言葉も流行っているわけだが、こういう仕事がなくなったって誰も困らないわけだ。

 もっと言えば、食べ物も、服も、ワゴンセールで叩き売りされている鬼滅の刃グッズも、とんでもない量が捨てられている。無くなっても問題なさそうな保険会社の高層ビルがたくさんある。こんなものを作る労働なんて必要なかったわけだ。

 つまり、ちょっとやそっと労働時間が減ったところで、僕たちは困らない。

 じゃあどうやって労働時間を減らすのかって? 簡単さ。最近話題のベーシックインカムだよ。ベーシックインカムを貰えるなら、一生食うに困ることはなくなる。無意味で不愉快な仕事をすぐに辞められるようになる。やりたいと思えることだけやってれば良いわけだ。サイコーだとは思わないかい?

 誰も好き好んで売れ残りそうな服や鬼滅の刃グッズを作ったり、クレジットカードの勧誘をやっているわけじゃない。食い扶持を稼ぐためにやっているわけだ。食い扶持を稼ぐ必要がないなら、そんなことをやる必要はない。みんなすぐに辞めるだろうね。巡り巡って地球温暖化も解決するんじゃないかな? 知らないけどね。

 もちろん、無駄な仕事だけじゃなくて、水道工事のような仕事に取り組む人がいなくなったら大変だ。しかし、そうはならないはずだ。

 いいかい、必要と思うことをやらないってのは難しいものさ。君が世界に1人の配管工だったなら、みんなから工事をお願いされたなら人肌脱ごうと思うはずだ。

 君は認めたくないかもしれないし、世間的にはタブーのように響くかもしれないが、あえて言わせてほしい。人は、誰かの役に立つと嬉しいし、人は、誰かに喜んでもらえたなら喜ぶ。

 こういう言葉を「綺麗事だ」と一蹴するのが大人の嗜みであるかのような風潮だけどね、本当はみんな知ってる。人は貢献を欲望する。貢献欲を持っている。子どもはお手伝いをしたがるし、親戚のおばちゃんはこっちが腹一杯でも飯を作りたがるし、みんなが文化祭の準備に協力してる中でやることがなかったら気まずい思いをする。人は貢献欲を持っていると、いい加減認めた方が早い。君もそう思わないかい?

 「それは承認欲求だ」とか「見返りを求めてる」とかなんとか言いたくなる気持ちもわかるよ。でもね、「セックスするのは子孫を残したいからであって、性欲なんて存在しない」なんて誰も言わないだろう?

 もし、それでも心配ならこう考えてみてくれ。日本の農家の平均年齢は65歳を超えている。つまり年金受給者だ。年金受給者ってのは事実上ベーシックインカムをもらっているようなものさ。それなのに、農家は仕事を続けているだろ? だったら、みんなに金を配っても、同じように必要な仕事なら誰かがやるはずなんだ。

 なんだって? 自分には貢献欲なんてないし、現に公園の掃除もボランティア活動もしてないし、エッセンシャルワークにも興味がない? 細かいことを気にするタイプなんだね君は。別にボランティアなんてしなくたっていいんだ。

 労働の大半はクソすぎるのに、みんなが辞めないんだ。労働しないってだけで拍手喝采モンだよ。家でゲームしてるだけでも構わない。労働するより良いことさ。君は楽しいと思うことだけやってればいい。それが役に立つとか、役に立たないとか、そんなことは気にする必要はないさ。

 そもそも「役に立つ」って、一体どういう意味か君は考えたことがあるかい? 要は誰かを喜ばせることだろう? 君が好きなことをやれば、少なくとも君自身は喜ぶ。君は誰かにとっての「誰か」なんだ。君が喜ぶなら、それは世界の役に立っているってことなんだ。

 逆に労働はどうだろうか。君も喜ばないし、他の人は喜ぶかもしれないが、喜ばないことの方が多い。じゃあ労働なんてやめて好きなことをやる方がいいに決まっている。

 それに、好きなことをやっていたら結果的に誰かを喜ばせる結果になることは多い。パンを初めて作った人は、きっと遊び半分だっただろうね。大昔は小麦はお粥にして食っていたらしい。そんなものをわざわざ粉にして捏ねて酵母で発酵させようとしたんだ。いまパンに変わる食べ物を発明しようとしたらお母さんにこう言われるだろうね。「遊んでないで仕事しなさい」とか「食べ物で遊ぶな」とね。

 労働ってのは役に立たないことばっかりさ。金儲けしなければならないからね。金が儲かるからと言って役に立っているとは限らない。この世界で金を持ってるのはピンハネしてるだけのオッサンや、部下の作った資料にネチネチと文句を言って仕事を邪魔しているだけのオッサンさ。労働ってのはだいたいオッサンのケツを舐めてピンハネのおこぼれを頂戴しにいく行為なわけだ。

 とっくに君は知っていたはずだけれど、労働ってのはクソだ。だが、君が思っていた以上にクソだと今は感じているんじゃないかな? 労働ってのは不愉快なだけじゃなく、役に立たないどころか、社会の害にすらなっている。

 だったら、君が「労働したくない」と文句を言うのは正しいことなんだ。「意味のないことはやりたくない」と言っているだけなんだからね。

 それでも、この期に及んで「労働しろ」と言ってくる輩はいる。あれはナチスの親衛隊みたいなものさ。ナチスは当時のドイツ人にとって正義だったけど、今は悪だろ? 労働も同じさ。21世紀の日本人にとって労働は正義だけど、22世紀には悪になる。

 つまり、ニートは正義のレジスタンスっていう寸法さ。どうだい? 屁理屈の割には、なかなか筋が良いとは思わないか?

 ともかく、この世界は狂ってる。金のことばっかり考えて、嫌になる。銀行も、税金も、積立NISAも、レジも、お財布も、電子マネーも、ぜんぶ金の話だ。金のために僕たちの社会はどれだけの時間を費やしているだろうね。

 みんな口では言うのさ。「金なんてツールに過ぎない」とね。でも、こんなに世話の焼けるツールは他に見たことがない。果たしてそれだけのメリットが金にあるのか疑問だね。

 金ってのは他人を支配する権力さ。そんなもので釣らなくたって、人は勝手に役に立とうとするもんだよ。逆に、金のせいで役に立つことができなくなっている。だったら、金なしで社会を運営していく方が理に適っている。金ってのはコスパが悪いんだ。

 そのために、まずはベーシックインカムさ。ベーシックインカムがあれば金を稼ぐ必要がなくなる。稼ぎたい人は稼ぐだろうけど、金のことを気にしなくなる人が大半だろうね。気づいたら、金そのものがなくなるか、骨董品のような扱いになるんじゃないかな? その方がいい。金なんてのはホコリくさい博物館がお似合いだよ。

 それでもまだフェラーリを乗り回して、「俺は金を稼げる人間だ」とアピールしたがる人はいるだろうね。でも、僕たちは右翼の街宣車に向けるのと同じ白い目をそいつに向けるのさ。要するに旧時代の遺物ってことだ。

 さて、まだ伝え足りないことは山ほどあるんだけれど、とりあえずはこれくらいにしておこうかな。君も疲れてきただろう?

 ともかく、言いたいことは、ニートってのは未来から見れば正義のレジスタンスってことだ。好きなことだけやってるんだからね。

 そうそう。僕は厳密に言えばニートじゃないんだけど、半分はニートみたいなもんさ。最近は好きなことばっかりやってる。こんな文章を書いたりね。

 毎日清々しい気分さ。「今日も世界の役に立ったー!」ってね。僕が楽しいことをやるのは、僕の役に立ったってことだし、世界の役に立ったってことさ。僕は世界の一部なんだし。

 僕の話はここまでだ。屁理屈に付き合ってくれてありがとう。でも、結構良いこと言ってると思わないかい? 屁理屈だからといって間違ってるわけじゃない。誰も反論できないけど、誰もが笑い飛ばしたくなる理屈を、人は屁理屈と呼ぶんだからね。僕にとって真実とはそういうものさ。

 さて、僕が屁理屈をプレゼントして、君は屁理屈を受け取った。僕たちの関係はそれだけじゃない。君が受け取ってくれることは、僕にとってのプレゼントになる。世界はギブ&テイクじゃなくてギブ=テイクさ。ぜんぶギブなんだけど、ぜんぶテイクでもある。

 世界が僕と君の2人だけなら、お金でやり取りしようだなんて思わないはずだ。金も銀行も税金もいらない。お互いに好きなことをやって、一緒に飯を食ったり食わなかったりして、楽しく過ごす。それを80億人に増やせば、世界は平和さ。簡単だろ?

 きっと僕はどうかしてる。こんな屁理屈をこねくり回す男は、滅多にいないだろうね。でも、こんな雑誌を手に取る人も、世界に数えるほどしかいない。君も、僕も、イカれてる。

 それでも僕はこう思う。世界の方がイカれてるんだから、むしろ僕たちは真っ当な、ありきたりな、普通の人間なんだ。要するにニートっていうのは、イカれた世界に暮らす、普通の人間さ。

 この雑誌には、僕のような普通の人間が、君のような普通の人間に向けて文章を書いている。イカれた社会に生きるイカれた人間は、オウムみたいなものさ。つまり、誰かの言葉を繰り返すことしかできない。でもね、普通の人間は、自分の目で見て、感じたことを書く。そういう文章の方がきっと面白い。

 他の連中がこの雑誌に何を書くのかは知らないけど、きっと楽しめるんじゃないかな。ぜひ、笑い飛ばしてくれよ。